以下の文章は、2019年2月7日に、一般財団法人日本原子力文化財団からの依頼で自治体の方向けに当研究所所長の渡辺が講演した「災害時の情報発信のあり方」より一部を抜粋し、再構成したものである。


 

■デマ拡散のメカニズム

前回は、デマは大きく4種類に大別されること、またそうしたデマを拡散しているのはボットでもインフルエンサーでもなく、一般人であることを紹介しました。

それでは次にデマの拡散メカニズムを理解していきましょう。

デマの拡散は、①誰かが書き込んだデマを、②別の誰かが「本当の事だ」と認識し、③拡散させてしまうという流れをたどるのが一般的です。したがって、まずは最初にデマを書き込む人について見ていこうと思います。

デマを書き込む人は、大きく分けると「愉快犯」と「うっかりさん」の二種類に分類できます。うっかりさんとは、例えばUFO型の雲を見て、きちんと確認もしないまま「本物のUFOだ!」とツイートしてしまう人を指します。こうした人は、悪意があってツイートしているわけではなく、単なる勘違いをしやすい人だと思われるので、ここでは分析の対象としません。

一方で愉快犯は、もしかしたら悪意ではないかもしれないけれども、何らかの意図を持って嘘の情報を発信している人たちです。ここでは愉快犯がどんな意図で、何を目的として、このような嘘の情報をわざわざ書き込むのかというところを見ていきます。

 

■愉快犯の心理

なぜ愉快犯はデマを作って書き込むのでしょうか?それは「承認欲求が満たされるから」という比較的簡単な説明で理解することができます。

デマが拡散されるということは、言い換えると「自分が作った話(その多くは与太話)がいろんな人にシェアされる」ということです。こうした体験は、自分の発言が多くの人に(少なくともソーシャルボタンをタップさせる程度には)影響力があったという錯覚を引き起こします。愉快犯は、それが楽しくてつい書き込んでしまうものと推測されます。

これは、心理学で有名な「マズローの欲求五段階説」からも理解ができます。これは、生命を維持したい、身の安全を守りたいという「生理的欲求」「安全の欲求」が満たされると、人間は誰か他者と交わりたい、またその集団の中で価値を認められたいという「社会的欲求」「承認欲求」へと欲求が高次化し、最終的には自分の才能を最大限発揮したいという「自己実現欲求」に至る、という考え方です。

承認欲求は社会的欲求の次に現れる比較的高次な欲求です。これまでであれば、例えば自分が所属する会社において仕事ぶりで認められたい、または自分の発言が家族や友人やコミュニティで頼りにされることによって満たされる欲求でしたが、SNSの出現以来、自分の書き込みが「いいね!」されるということも承認欲求を満たす方法のひとつになってきています。

友達から「いいね!」をいっぱいもらって嬉しくなるという経験は、SNSをやったことがある人には誰しもがあることだと思いますが、それが徐々にエスカレートして「ライオンが逃げ出した」みたいな、自分の作った与太話がネタとして認められてたくさんシェアされることでも、同様もしくはそれ以上の喜びを感じてしまう。この辺は「バカッター」と呼ばれる類の炎上とも通じる考えなのですが、とにかく内輪受けとして多くの人に面白がられることを求めてしまい、このような問題が頻発するのです。

 

■危険なデマの快楽

ではこの「すごく嬉しい」時の愉快犯の脳の中ではなにが起こっているかというと、これも単純で、ドーパミンがたくさん分泌されています。ドーパミン自身は生きる意欲を作るホルモンであり、放出されると幸せや快感を与えてくれるホルモンです。やる気やモチベーションとも強い繋がりのあるこのホルモンは、その一方でタバコを吸ったり、性交渉をしたり、ロックンロールを聞いたときも放出されます。そして調査の結果、実はSNS利用時もドーパミンが分泌されることがわかっています。

例えば熊本地震の際に投稿された「ライオン逃げ出した」ツイートの場合、本人はネタのつもりで投稿し、彼の周囲ではこれを「狩りに行こうぜ」とか「くまモン助けて」などと内輪ネタとして取り上げて遊んでいたことがツイートの流れを見るとわかります。もちろんその時にこの様子を見て「中学生レベルのネタ」「こんな馬鹿逮捕しろ」という言う人も現れましたが、逆に「これは本物です」「ライオンいてヤバイ熊本」と煽る人も現れました。良くも悪くもそのような盛り上がりを見せた結果、このツイートは2万回以上リツイートされました。

この様子を見た投稿者本人は「やっべぇぇぇ、リツイート楽しいwww」「2まんあざーっす!w」(原文ママ)とツイートしています。この喜んでいるという事実が、「拡散するデマを書き込むことは気持ち良いことである」という証左だと思われます。最終的には、当該デマツイートは削除されたのですが、このデマのせいで熊本の動物園には100件程度の電話がかかってきて仕事にならなかったことがわかっています。そこで熊本市が警察に訴えて逮捕してみたら、地震とまったく関係のない神奈川の人が完全にネタとして投稿したものだったことが判明しました。

被災者の心情を考えると、たとえネタであっても本来書き込んではいけないことだと判断できるはずですが、ドーパミンには中毒性があり、いけないとわかっていても楽しくなってしまいどんどんこういうことをやってしまうわけです。まさにタバコを吸うのは健康に良くないこととわかっていてもやめられないのと似た感覚なのかもしれません。そう考えると、倫理的にいけないことは承知しても、脳科学的にデマを書き込みたくなる気持ちは理解はできるのではないかと思います。

 

第3回「デマの拡散メカニズム なぜデマを信じてしまうのか」に続く。