2017年も国内外の優れたPR事例がCANNES LIONS、SABRE Awards、PR Awardsなどで発表された。一方、これらの華やかなアワード受賞事例以外にも、優れた着眼点、緻密な戦略性、柔軟な発想力に刺激を受ける優れたPR施策は数多く存在する。そこで当研究所では、研究員らが2017年に感銘を受けた国内PR事例を題材に、当研究所外部フェローを務める猿人|ENJIN Inc. の矢﨑剛史氏とともに学びあう座談会を開催。同氏と研究員の議論の一部を、ここに紹介したい。

なお今回は中立性の観点から、矢﨑氏および当研究所を組織するプラップジャパンが企画・実施に関わっていないPR事例のみを選出した。

<座談会参加者>

矢﨑 剛史
株式会社 ENJIN クリエイティブディレクター/コミュニケーションデザイナー
デジタルPR研究所 外部フェロー
渡辺 幸光
株式会社プラップジャパン
デジタルPR研究所 所長
持冨 弘士郎
株式会社プラップジャパン
デジタルPR研究所 コンサルタント
小林 万里
株式会社プラップジャパン
デジタルPR研究所 プランナー

■はじめに

我々研究所では、2017年に日本で実施された様々なPR施策をできる限りウォッチしています。今回はそうした多数の事例の中から、「明日から使える」をテーマに、クリエイティブなPR企画の立案事例として参考にしたい優れた5つのプロジェクトをピックアップしました。今日は、我々がそれらの事例から得られる学びと、2018年以降に育つであろうPRトレンドの展望について考えてみようと思います。


本日はお招きありがとうございます。私は、皆さんの選ばれた事例に対して、コミュニケーションデザインという見地からお話しさせていただければと思いますので、よろしくお願いします。


今回私たちが事例を取り上げるうえで、2つのポイントを重視しました。一つは「その施策のコアにクリエイティビティがあること」。これは、ファクトをありのままメディアに発信するような既存のPRアプローチではなく、「生活者に直接的に刺さるコンテンツを生み出すことで、話題化ひいては態度変容を促していること」を定義としています。


それって、すぐれた事例の「大前提」じゃないですか?


はい。ですので、もう一つ、「他のPR案件にも応用できるヒントや学びがある」ことを重視しました。今回、取り上げたい視点は、以下の5つです。
①  ハイテクノロジーと意外なものを掛け合わせた革新
②  旧来技術、古いもの、ローテクなもの同士を掛け合わせた革新
③  Social活用への高い意識
④  高いエンゲージメント=熱量の活用
⑤  Social Good


これら一つ一つに対応した事例をピックアップしてみましたので、この記事を読んだ方が「明日から使える!」と思えるように、これらの視点を議論で深めていければと思っています。


では早速、ひとつめの視点である「テクノロジーと意外なものの掛け合わせ」からご紹介します。ここ数年、AIやビッグデータといったテクノロジーに関係する言葉がPR文脈でも使われることが増えてきています。カンヌでもWhirlpool社がビッグデータを活用した『Care Counts』で数々の賞を受賞していましたが、日本でもAIとコーヒーを掛け合わせた面白い事例がありました。

 

■事例① NEC「飲める文庫」

NECの持つAI技術を活用して6編の名作文学を6種類の珈琲の味で表現。一万件以上のレビューを解析し、その読後感を珈琲の味覚指標にデータ変換。「やなか珈琲」がそれぞれの味覚指標に合わせたブレンドコーヒーを数量限定で発売した。
(現在、若菜集のみやなか珈琲のネットショップで販売中。売切れ次第、予告なく終了)
https://jpn.nec.com/ai/coffee/

いきなりですが、矢﨑さんから見て、いかがですか?


NECのAI技術、しかもB2B寄りのとっつきにくい商材に対して「文学」や「珈琲」を掛け合わせることで、従来ではストレートに打ち出しても絶対に浸透しないところまで露出の機会を広げていますね。


文学と珈琲、そこにビッグデータ。前者2つは親和性があるのでしょうが、そこにビッグデータやAIという距離のあるものをうまく繋げています。Tech系やガジェット系メディア以外にもhaconiwaやROOMIE、ファッションプレスなどライフスタイル系メディアにまで取り上げられ、話題が拡散されていますから、大成功といえるでしょうね。


AIへの注目ももちろんですが、PR視点で効果的と思うのは「珈琲」という題材選びです。日本における珈琲の国内消費量は、嗜好品としては珍しく年々伸びています。こうした文脈を持つ商材と上手く組み合わせたことも、取り上げやすさを醸成することに貢献しているんじゃないでしょうか。


 全国チェーン店ではなくコアなファンに支持されている「やなか珈琲」とコラボレーションしたことも、ネット上で好意的に評価された点ですね。


「自家焙煎」というのは、現在の珈琲ブームを牽引する「サードウェーブ」の重要なポイントですからね。そこを押さえる意味でも、よいチョイスだったんじゃないかな。


文学作品のセレクトが、万人に知られていてメジャーなものなのもよかったですね。


分析対象が「読んだ人の感想文」だったので、結果の意外性に欠けるのがやや惜しい気もしますね。人工知能は「人間では知覚できないような意外な発見」が得意。そこのデモンストレーションになっても面白かったかな、とも思います。太宰の『人間失格』に、実は「甘みが潜んでる」とか(笑)。


確かに(笑)。


「人工知能」がブームと言われて久しいですが、まだまだ親しむ機会が無い一般消費者にAIを身近に感じてもらうための取り組みとしては、わかりやすい好例だと思います。


次の視点は、「ローテクなもの同士の掛け合わせ」です。もう誰もが普通に使っていて、新しさを感じなくなっているものでも、組み合わせ方によっては新鮮な魅力を発揮することがあります。2017年にも、以下の事例がメディアの注目を集めることに成功していました。

 

■事例② アッヴィ「おててポン」

製薬会社のアッヴィとシャチハタのコラボ企画。
RSウイルスを擬人化した“ばい菌”のイラストを子どもの手にスタンプ。保育園に配布し、園児にきれいに消えるまで手洗いをさせることで、RSウイルス感染症予防の啓発を行った。

http://www.abbvie.co.jp/press-release/japan-news/2017-news-archive/press-release-20170803-001.html

 

「おててポン」はすでに2016年に発売されている商品なんですよね。この年のRSウイルスの流行に際して、元々あった絵柄を「RSくん」という自社キャラに変えてサンプリングにまで持ち込む「機を見るに敏」な即時性が、PR対応として優れている印象です。「手洗いで消えるスタンプ」には海外で「Squid Soap」という先行商品(※)があるのですが、マラソンやラジオ体操のように判を押してもらうことを楽しむ日本のスタンプ文化に合う形でシャチハタさんらしくアレンジされているのが好印象だな、と。


2017年は感染症や外来生物のリスクに対する話題も盛り上がりました。メディアや世間の関心が集まった時期にモノをサンプリングするというのは、低予算でできるメリットがあります。さらに子どもが喜んでくれるとか自発的にやってくれるような設計にできると、より話題化できそうです。


キャラクターを子どもに人気にある作家さんとコラボして開発するのもいいですね。バイキンマン風に、「RSウイルスマン」とか(笑)。


確かにキャラクターがかわいい方が子供達も喜ぶでしょうね。


オランダのスキポール空港で男子トイレに貼られた「おしっこ飛び散り防止用のハエ型シール」や、公園のごみ箱にNIKEがバスケットゴールをつけてゴミをシュートさせることでポイ捨てを減少させつつNIKEのブランド体験をさせたアンビエント広告等のように、「思わず生理的に反応してしまう」という行動学的なアプローチとしてもユニークだと思います。

※SquidSoap
子供たちが手洗い習慣を身につけられるよう、ソープを出すところにスタンプがついていて、そのスタンプを消すために15秒以上手を洗うようにデザインされている米国のハンドソープ。


中編・後編は後日公開予定