2017年も国内外の優れたPR事例がCANNES LIONS、SABRE Awards、PR Awardsなどで発表された。一方、これらの華やかなアワード受賞事例以外にも、優れた着眼点、緻密な戦略性、柔軟な発想力に刺激を受ける優れたPR施策は数多く存在する。そこで当研究所では、研究員らが2017年に感銘を受けた国内PR事例を題材に、当研究所外部フェローを務める猿人|ENJIN Inc. の矢﨑剛史氏とともに学びあう座談会を開催。同氏と研究員の議論の一部を、ここに紹介したい。
なお今回は中立性の観点から、矢﨑氏および当研究所を組織するプラップジャパンが企画・実施に関わっていないPR事例のみを選出した。

PR x Creative 明日から使えるPRの『クリエイティブ視点』(前編)
PR x Creative 明日から使えるPRの『クリエイティブ視点』(中編)

<座談会参加者(写真左から)>
小林 万里  株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 プランナー
矢﨑 剛史  株式会社ENJIN クリエイティブディレクター/コミュニティーケーションデザイナー
持冨 弘士郎 株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 コンサルタント
渡辺 幸光  株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 所長


■事例⑤ 「注文をまちがえる料理店」

認知症を抱える人が、注文を取ったり、配膳をしたりするホールスタッフをつとめるレストラン。間違うこともあるけれど、間違いを受け入れ、みんなで一緒に間違いを楽しんでしまおうというコンセプトのイベント型料理店。 https://readyfor.jp/projects/ORDERMISTAKES

 

 

中篇につづき)最後の視点は「Social Good」です。この視点は、数年来カンヌを始めとする国際アワードで語られ続けてきましたが、日本国内ではなかなか突出して良い具体例が現れにくい状況が続いており、まだまだ新鮮味のあるPRの視点と位置づけられているように思います。そんな中で、我々が非常に感銘を受けた事例が「注文をまちがえる料理店」です。


これは本当に話題になりました。テレビでも多数取り上げられていましたよね。


お客さんは原則、このクラウドファンディングに出資した人なんです。
間違えることを受け入れる、間違えることを一緒に楽しむという企画は、日本では稀有なソーシャルグッドな成功例だと思います。
単なる疾病啓発PRではなく、もちろん恐怖訴求のPRでもない、誰もがハッピーな帰結となる企画で、よい意味でとても衝撃的でした。


2017年のベストセラーの一つに『未来の年表』(講談社現代新書)がありましたね。人口減少や超高齢化、それにともなったインフラ崩壊など、日本社会を待ち受けるであろう悲惨な状況の予想がショック療法的に展開される、啓発的な書籍です。


私も読みました。空恐ろしくなる内容でしたね….


そこでも指摘されている事柄のひとつに、高齢者の就業等に関する問題があります。
最近は、高齢ドライバーの事故に関する報道も増えてきて、免許の強制返納などの議論も盛んになってきていますよね。もちろん人命に関わる事柄は別ですが、この企画は、こういった問題に対するやわらかなアプローチとして、「注文を間違えられても、いいんじゃない?」と、受け入れる側の気持ちをシフトする、そういう受容の方向もあるよ、という社会に対する提言になっています。


私もテレビのニュースで見ましたが、お客さんの一人が「(注文が)あまり間違えられなくて、ちょっと残念」と笑っていらしたのは新しいなと思いました。


この施策を発案されたのは、テレビ局のディレクターとしてドキュメンタリー番組を制作している方だそうです。マーケティング的にコトを興したのではなく、普段から持っている意識や感じていた気持ちから、血の通った企画として発想していることが素晴らしいと思います。
そして、血の通った企画であると同時に、クラウドファンディングで資金を集めて水平展開することも視野に入れていたり、チャーミングなロゴデザインだったり、細部にコミュニケーションのプロが携わることで、広げ方にまで目の行き届いた施策に昇華されている。


クリエイティブのプロフェッショナルの手が入ることで、企画が締まっていますよね。熱量だけでやっても、中々こうはならなかったんじゃないでしょうか。


近年の海外広告賞のPR部門では、「パーセプション・チェンジ(人々の意識を変えたか)」や、「ビヘイビア・チェンジ(人々の行動を変えたか)」、さらに「ソーシャル・チェンジ(社会を動かしたか)」という点が重要な評価基準となっています。
この企画には、人々の意識や行動、ひいては社会のあり方をも変えさせるだけの可能性を感じます。


PRアワード2017で受賞している『新・マクドナルド人事戦略PR』という事例もそうですね。主婦を対象にした意識調査を行うことで、「働きたくても働けない」主婦がいる問題を顕在化させて、「短時間でも働ける」仕組みを実現したというのは、パーセプション・チェンジ、ビヘイビア・チェンジにつながる可能性があると思います。


我が国の昨今のメディアトレンドでもある、「働き方改革」の芽にもなりえますよね。
企画者個人の思い入れの深さと、現実問題としての日本社会の要請があるからこそ生まれた企画。企画をドライブする個人の思いが生まれてくる背景に、それを裏付ける社会の変化が常にある、というのが、とても象徴的だと思います。

 

 

■2018年以降のPRトレンドとは

そうするとこれからの我々はどんなPR施策を生み出し、そしてどんなトレンドを意識していくべきなのでしょうか?


社会課題の発見能力は、これからもカギになりますね。「注文を間違える料理店」やマクドナルドの事例は、今までは社会の中で埋もれていた視点や課題に着目した活動です。ほかにもそういう課題はたくさんあると思いますが、そこをいかに発見していくか。


日本は昔から課題先進国と言われてしまっていますよね。貧困や犯罪は少ない社会ではあっても、課題は山積みで……。それに対してPRの力をもって鮮やかに解決していけたら、PRアワードでも評価されるような企画が実現できるかもしれません。


僕が一つ感じていることは、今もさまざまに予言されている通り、日本社会はこれから目まぐるしく変化を迎え、予測不可能性の時代が訪れるということ。そして、それに伴う社会の要請として、我々日本人の旧来の様々な価値観が、変革(Unlearn)を余儀無くされつつある、と言うことです。昨今話題を巻き起こしているクリエイティブには、その価値観の変化を鋭敏に捉えたものが確実に増えてきている。


逆の意味で言うと、2017年はそうした「価値観の変化」を捉えきれずに炎上を引き起こしてしまった広告クリエイティブもありました。


ですよね。「注文をまちがえる料理店」の例で言えば、「認知症」や「高齢者の労働」に対する社会の寛容性を問うものだったわけですが、これからもそういった「価値の変容・顛倒」が次々と色々な局面で、オセロをひっくり返すように起こってくるはず。
一日本人としては強い危機感も覚えますが、我々コミュニケーションに携わる人間にとっては、次代の新しい価値観が根を下ろす一助となれるような、チャンスに富んだ時代が訪れているとも言えます。その変化に耳を傾けると同時に、機を見るに敏な対応を取ることが、PR・広告を問わず、ますます重要になっていくんだろうなと感じています。


5つの視点から様々な事例を見てきましたが、今回の議論を通じて、より実践的な切り口で、学びを深められたように思います。これからも新たな視点やヒントを得られるよう、当研究所でも日々新しい事例をウォッチしていきたいですね。本日は有難うございました。