以下の文章は、2019年2月7日に、一般財団法人日本原子力文化財団からの依頼で自治体の方向けに講演した「災害時の情報発信のあり方」より一部を抜粋し、再構成したものである。

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第1回:災害時に拡散するデマの種類と特徴

第2回:なぜデマを書き込むのか

第3回:なぜデマを信じてしまうのか

 

■フィルターバブルとエコーチャンバー

前回はデマを信じてしまう心理的側面である「システム1とシステム2」という考え方についてお伝えしました。ここからはデマを信じてしまう技術的な側面である「フィルターバブル」と「エコーチャンバー」という現象について説明します。

フィルターバブルというのは、ネット上で利用者が好む情報ばかりが、アルゴリズムによって自動的、かつ選択的に提示される状態のことを指します。フィルターバブルという言葉は「あなたの好きなものはこれですよね?」というフィルターがかかった泡の中みたいな世界で生きているように感じられることから、米国のインターネット活動家であるイーライ・パリサーが考えた言葉です。

一番わかりやすい例はAmazonの「おすすめ」です。Amazonの空間には本はたくさんあるけれど、「この本を買ったあなたはこういうものも好きなはずですよ」とコンピューターが選んで出してくれるサービスです。おすすめを見てクリックしたことがある人も多いと思います。

ネット上のあるありとあらゆる情報の中で、自分が心地よいと思うものだけに触れるのは、情報を探す手間もかからないので、すごく楽で心地良いものです。しかしこればかりやっていると分断がエスカレートする可能性もあります。2003年とちょっと古い調査ではありますが、Amazonがおすすめといって出してくる1冊の本を起点に、保守的な人とリベラルな人でどういった本がおすすめされるのかを調査したところ、両方の陣営に紹介された本はまったく違うものだった、という調査結果がありました。つまりアルゴリズムに任せていると、自分とは違う意見に触れる機会が極端に減ってしまうのです。こういう技術が発達して十数年経った、現在のアメリカで起こっていることというのは、違う意見の人をとにかく叩く、狭量な意見の対立です。接点も無い、話し合う余地も無いという風に分断をひどくしてしまった一因はテクノロジーにもあるのではないかと私は思っています。

二つ目はエコーチャンバー現象です。これは同じ興味関心を持つ人がソーシャルメディア上で集まり、その小さいコミュニティの中でしか意見を交換しないことによって、意見がどんどん先鋭化していく現象のことを指します。自分の価値観を否定するものや目にしたくないものはアンフォローして自主的に、かつ選択的に排斥していくわけですが、こうした行動を続けることで、自分のSNSのタイムライン上に集まる声というのは自分自身の声が反響しているかのような、同じアイディアを持った人しか集まらなくなるのです。

人間は基本的に「自分のような人」が好きで、同じような意見に触れるのが気持ちよく感じるのですが、だからといってそういう意見ばかりに触れていると、システム1の「自分の見たものが全て」「確証バイアス」という考えとあいまって、自分の意見は正しいという思いを強くするようになり、結果的に人の意見に耳を傾けなくなっていってしまいます。

 

■私のSNSは、私の信じたい情報で溢れている

こうして見ていくと、SNSというのはシステム1とテクノロジーが融合した状態だということがわかります。「フィルターバブル」「確証バイアス」「エコーチャンバー」「自分の見たものが全て」が一緒になったSNSでは、あなたが好きそうだとアルゴリズムが選び出したものだけを見て、自分の考えを過大評価するという状態に陥りやすくなるのです。

このように、SNSというのは自分の信じたい考えを強化しやすい環境です。たとえそれがデマだったとしても、自分はそれを信じられると思ったら、それが嘘か真実かに関わらず、その考えはどんどん強化されるわけです。他の人に「その考えは違うよ」と言われても、いや、それどころか逆に、言われれば言われるほどエコーチャンバー化していき、ネガティブな意見を排斥していくので、自分は正しいとさらに信じ込むことになり、意見が先鋭化していってしまうのです。

普段のSNSでもこうした状況である上に、冷静な判断がしにくくなる大災害時にSNSで流れてくる「自分が好きそうな・信じそうな」情報は、たとえ嘘やデマであっても通常時以上に信じてしまいがちで、その結果として簡単に騙されるということが起きるわけです。特に災害時はシステム2を発動させるのが難しいので、ますます騙されやすくなります。

 

■デマを拡散したくなる理由①:オキシトシンによる同調圧力

最後に、嘘を信じた上で拡散してしまう人のメカニズムを、脳科学と心理学の両面から確認してみましょう。

デマを拡散する人というのは、脳科学的には「オキシトシンを大量分泌している状態にある」と考えることができます。オキシトシンは「愛と絆のホルモン」と呼ばれていて、ストレスを下げる癒しの効果があるホルモンです。ソーシャルメモリー、要は他者との関わりの記憶を強くしてくれるホルモンでもあって、身の回りの人や安心できる我が家を好ましく思う気持ちや、生きていく上でリスクのあるものを軽減させる効果があります。

したがってこのオキシトシンは、災害時に必要とされるホルモンでもあります。なぜなら地域が壊滅的な打撃を受けた時に「地域社会を守りたい」という意識が芽生え、その時にみんなのために、という献身的な気持ちも生まれます。献身的な気持ちでみんなのためになる何かをすることは大きな達成感を生み出すのですが、これはオキシトシンによってもたらされる快感と考えられます。

ここまでで終われば非常に良い話なのですが、見方を変えるとこれは同調圧力に屈することで生まれる一体感でもあります。「みんなのために」という、特に災害の時に生まれる感情によって取る行動は、他人の邪魔にならないように空気を読んで振る舞うことです。こうした状況では個人による合理的な判断よりも、空気による支配が優先される環境を生み出します。

こうした環境下では、たとえ怪しげな情報に触れたとしても「それデマじゃない?」という発言がしにくくなります。地震のせいで電話が止まるかもしれないと言われたら、たとえデマではないかと疑ったとしても、それを口にすることで逆に地域が混乱する可能性があるならみんなのために言うのを止めようと考えて、逆に拡散を止めるという圧力が弱まってしまい、結果的に拡散しやすくなるのではないかと推察できます。

つまり、「みんなのために」という意識が強くなる災害時は、そのオキシトシンによる効果によって、逆にデマの拡散を止めるのが難しい状況になると言えるのではないかと思います。

 

■デマを拡散したくなる理由②:新奇性仮説

デマの拡散に加担してしまう、もう一つの理由には「新奇性仮説」という心理学的な要因も考えられます。これは、目新しいことが人々の注意を引き、「これ知ってるよ」と他人に伝えたくなる、という仮説です。特に「知らないと損をする」類の情報の場合に、拡散力が上がると言われています。

例えば、ある人が災害時にスマホを見ていて「犯罪対策本部からの情報」というデマが流れてきたとします。この情報はデマなので、当然初めて目にする新鮮な情報です。したがってこれを受け取った人は、安全に関する話なので親切心で教えてあげた方が良いよねと思うわけです。

しかし同時に、もしかしたらこれをいろんな人に教えてあげたら感謝されるかもしれないという功名心が出てきたり、自分はこういう有益な情報を知っているんだぜというマウンティングに成功し、その結果虚栄心も満たせるのではないかと期待して拡散するのではないかという仮説です。

これについては実は私も「人間はそんなにマウンティングが好きなのだろうか?」と半信半疑で聞いていたのですが、良い情報よりも悪い情報の方がシェアされやすいことは、アメリカで行われた調査で立証されました。「悪いことが起きるとすごくシェアされる」というのは、理由はわからないにしても事実として起こっているわけです。それは単に我々が他人の不幸やかわいそうな話が好きなせいなのか、それとも親切心からシェアしているのか判然としませんが、とにかくこのようなデマが拡散しやすいことはまぎれもない事実だと言えましょう。

デマ拡散のメカニズム(第5回)〜デマを信じてしまう技術的な要因 へ続く