2017年も国内外の優れたPR事例がCANNES LIONS、SABRE Awards、PR Awardsなどで発表された。一方、これらの華やかなアワード受賞事例以外にも、優れた着眼点、緻密な戦略性、柔軟な発想力に刺激を受ける優れたPR施策は数多く存在する。そこで当研究所では、研究員らが2017年に感銘を受けた国内PR事例を題材に、当研究所外部フェローを務める猿人|ENJIN Inc. の矢﨑剛史氏とともに学びあう座談会を開催。同氏と研究員の議論の一部を、ここに紹介したい。
なお今回は中立性の観点から、矢﨑氏および当研究所を組織するプラップジャパンが企画・実施に関わっていないPR事例のみを選出した。
PR x Creative 明日から使えるPRの『クリエイティブ視点』(前編)
<座談会参加者(写真左から)>
小林 万里 株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 プランナー
矢﨑 剛史 株式会社ENJIN クリエイティブディレクター/コミュニティーケーションデザイナー
持冨 弘士郎 株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 コンサルタント
渡辺 幸光 株式会社プラップジャパン デジタルPR研究所 所長
■事例③ 新潮社「すごい小説」
新潮社が「この小説、すごすぎて、いまだコピーをつけられずにいます。恐縮ですが皆様のお力をお借りしたく、発売前に異例の全文公開に踏み切ることにしました」として、一般読者からキャッチコピーを募り、店頭用のポスターやカバー周り等に採用した。
http://www.shinchosha.co.jp/rubin/index_campaign.html
(前編につづき)3つ目の視点ですが、「Social活用の意識」が極めて高く、結果的にうまくバズを作れる企画が増えてきたように思っています。新潮社のSNS向けバズ企画「すごい小説」は話題になりましたね。
キャンペーンとしては非常にローコストですが、きちんとクチコミによる情報拡散につなげているのも見事です。キャッチコピーの募集自体はそれほど目新しいわけではないかもしれませんが、制作自体に一般消費者を関わらせる、きわめてソーシャル的な手法が確立されつつある、今の時代にふさわしい企画だと思います。「異例」「無料公開」「中の人」「救済アピール」といったツイッターで跳ねる要素が詰め込まれていますからね。
私はこの作品(宿野かほる著『ルビンの壺が割れた』)を書店で手に取って読んだクチなんですが、この企画以外にも公式フェイスブックページを開設して登場人物が実在するかのように記事を投稿したり、手を変え品を変え販促アプローチを展開しているんですよ。すべてが大成功しているわけではないけれど、手間暇かけて色んな手法をあれこれ試してる。出版不況と言われている中で“本を売ること”に対する熱意に心動かされましたね。
(深く頷きながら)本当にそう思います。
SNSから火がつく作品販促や、西野亮廣さん等の作家が率先して行っているクラウドファンディング活用等、書籍販促に活用できる情報インフラは充実してきている。これらのインフラを活用して、フットワークの軽さと熱量をかけあわせることで、本をヒットさせるチャンスはまだ大いにある。この企画には、そんな可能性を見せてもらった気がします。
「書籍を買ってもらい、読んでもらって終わり」ではなく、その先にどう話題を広げていくか、という点はまさにPR視点の発想です。堀江貴文さんの著書『多動力』等は、構成を1ページに1メッセージという紙面にして、Instagramでのシェアを容易にするような紙面づくりをしていましたね。
今までなら「デジタル万引き」と言われかねなかった行為ですけれど、販売する側が、規制するのではなく、うまくそれを利用する視点を持つようになってきていますよね。
■事例④ 「DAZNハットトリックチャレンジ」
Jリーグ全試合をはじめとして様々なスポーツのライブストリーミング配信を行っているDAZNのSNS企画。
ボールを3つ置き、サッカーゴールの左右のゴールポスト、上部クロスバーにJリーガーが当てるというゲーム。
4つ目の視点は、あえてマスを狙うのではなく「エンゲージメントの高いユーザーを掴む」ことで、その空間内で濃いバズを作り出すという方法。同じSNSでもコツコツとファンとの関係を構築した事例です。
一本の動画につき、数万回ずつ再生されてるのって、結構すごいことですよね。
Jリーガーの普段見られないような素の部分を垣間見ることができる点が、ファンの心をくすぐるんです! 公式に誰でも見られるような、試合のハイライト動画だけではないので。
持冨はサッカー大好きなので熱が入ってますが(笑)、当研究員が注目したポイントをまとめると、まず1つは「やってみた」系動画と同じようにSNSで話題になりやすい仕組みになっている点。ルールも準備も簡単なので、真似してチャレンジしやすい。つまりこれは参加できるネタとして鉄板コンテンツだということ。
そしてもう一つは、持冨が熱くなったように、濃いファンを引き付ける力があるということですね。
再生数5〜6万回という数字の捉え方もポイントになりますね。DAZNのような有料課金サービスは、ファンからの強い支持があって成り立っているサービス。ここでの再生数は、一般的な動画視聴に比べてよりコアなファンによる「濃い」再生数なのかもしれない。ただ、そこを評価する物差しが、PRの世界ではまだまだ無いですよね。データマーケティングの世界では、日進月歩で進んでいる取り組みですけど…。
ファンの“濃さ”“熱量”という属性は、単一の指標では測定不能ではあるけれど、無視できない要素ですよね。
例えばインスタグラマーを使ったインフルエンサー・マーケティングをする場合、現状はとりあえずフォロワー数の多い人が良いという観点で見ていて、リーチ(*編集部注:何人に情報が届いたと推測できるか)をカウントしています。でも、フォロワーは少なくてもコアなファンを抱えている人のほうがエンゲージメントは高いはず。にもかかわらず、それを測る指標がないのは担当者としてはもどかしい……。
視聴率と視聴質、これは我々が課題に掲げているテーマの1つです。旧来型のPRの成果指標である「広告費換算」とは別の、わかりやすく合理的な新しい指標を当研究所でも研究開発しています。
なるほど。PRという点では露出量が獲得できていないようなものでも、マーケティングとしては意味を成しているものもありますよね。例えば、商材によってはTVに取り上げられるより、コアなターゲットメディアで露出が獲得できれば全然かまわないというものも多い。Instagramも、Web検索に引っかかってこなくても、そのアプリの情報圏内で、ユーザーの反応を十分に巻き起こしていたり。
そうなんです。従来の「露出量」「広告換算額」では測ることのできない、高度にセグメント化された今の時代のユーザーに適用できて、かつPRがどの程度コンバージョンに寄与できたのかがわかるようにしていかないと、広報の未来は危ういと思っています。
…それこそ、人間が手作業では分析しきれないような視聴質のようなところを、人工知能が計測してくれるような新しい指標の誕生を期待してしまいますが(笑)。
ですよね、当研究所も頑張ります(笑)。
後編につづく