プレスリリース作成やメディアキャラバンをはじめとして、まだまだ人力で作業する部分が多いPR業界。どんなプレスリリースを書くのか、どのメディアにアプローチすべきなのか、という判断についても、一定のセオリーはあるものの、担当するPRパーソンの経験値によって決められることが多いのが実情だ。
しかしながらスマホ普及によってデジタルPRやSNSでの情報発信など、業務範囲は増えており、業務の効率化は必要不可欠である。そこで今回は、様々な分野で導入され、作業のオートメーション化や属人的な業務の標準化に成功している”AI(人工知能)”にフォーカスを当てたい。
マーケティング分野におけるAI(人工知能)研究の第一人者であり、当研究所においても外部フェローを務める山崎俊彦氏(東京大学 大学院 情報理工学系研究科 准教授)に、”PRは、AIでどこまで進化するか”をテーマに話を聞いた。
写真:山崎俊彦氏(東京大学 大学院 情報理工学系研究科 准教授)
ーPR業界で人力作業が多い要因として「プレスリリースの良し悪し」など定量化できない部分が多いことがあげられます。ズバリ、AIを使って定量化することは可能でしょうか?
基本的には可能だと思います。私が研究している「魅力工学」は、「魅力」という抽象的なものを扱う工学です。わかりやすく説明すると、あるものをAIに見せて「これは何%の人の記憶に残りそうです」とか「何人の人がいいねと言いそうです」と定量化・予測化することを行います。
それだけではなく、その魅力値に至った要因・原因を解析し、どのようにしたらより魅力的にできるかということを扱います。様々なデータを読み込ませる必要はありますが、PR分野でも例えばこの魅力工学の考え方を使ったAIを活用することは可能だと思います。
ー魅力工学とは聞き慣れない学問ですね。詳しく教えてください。
例えば、「このテレビCMは何%の人の心に刺さるだろうか」といったことは実際に作って、放送してみて、大規模なアンケートを取らないと分かりませんよね。それをAIをはじめ様々なツールやビッグデータを活用して事前に予測し、かつどのように改善すれば良いのかというアドバイスまで示そうと試みるのが、魅力工学です。
ーなぜ”魅力工学”に興味を持ったのですか?
自分が興味を持って研究してきた内容を一言で表す言葉は何かなと思った時に「魅力だな」と気づきました。魅力という言葉自体も魅力的で不思議な言葉なのですが、ある意味「匠の世界」と私は呼んでいます。
ー匠の世界…ですか?
実は魅力ってすごく難しい。例えば「今の私のファッションを魅力的にしてください」とお願いしても、たいていの人は困りますよね。そんなことは「ファッションコーディネーターというプロに聞くべきだ」となるでしょう。
でも考えてみるとファッションは衣食住というくらい人間にとって重要で身近なことなのです。にもかかわらず、それを魅力的にできる人がごく限られた一部のプロだけというのはすごく不思議だなという思いがあります。
ー確かに、プロのセンスに任せるしかない仕事が日常と密接に関わっているというのはちょっとした驚きですよね。
ええ、もちろんプロにしか頼めない世界があることは否定しないですし、それをひっくるめて匠と呼ばれる人がいるというのは、あって然るべきだと思います。ただ上手い人はずっと上手い、下手な人はずっと下手でいるというのはとてももったいないことだと思っています。
例えば、スティーブ・ジョブスのプレゼンテーションは誰もが「うまいな」と思うわけですが、ビジネスや学術界に身を置く人は「彼はうまいね」ではなく、自分自身のプレゼンテーション能力を向上させなければいけないわけです。そこで「魅力」という曖昧なもの仕組みを明らかにしたいと思い、魅力工学に興味を持ちました。
ーなるほど、では魅力工学ではどのような研究を行うのでしょうか?
まずは、魅力を定量化したり、予測化して見える化したりしていきます。実はこういうことをやっている企業は既に存在します。例えば「視聴率」。視聴率はどれだけの人がそのテレビ番組を見ていたかを示す数値ですが、言い換えるとそのテレビ番組がどれだけの人を魅了したのかを計測した数値とも言えます。
ただ、魅力工学ではこれを放送前に予測することを試みます。さらにもっと深く、要因や理由を解析していきます。例えば「視聴率が20%と予想。でも、80%の人にはなぜ届かないと予想されたのか」などを、ビッグデータを使って分析していくのです。
そうすることで「良いところはここなので伸ばしましょう」「悪いところはここなので改善しましょう」と、より魅力的なものにしていくことが出来るようになるわけです。
ー具体的にはどのような分野の研究をされていますか?
プラップジャパンと共同で行っている記者会見の解析もそうですが、それ以外だとSNS、子育て、婚活(パートナーのマッチング)、テレビCMやWEBバナーなどの広告、ファッションなどにも取り組んでいます。不動産分野も興味を持ってやっているのですが、これは家やマンションについても「住み心地」という曖昧な言葉で表現されている実情を、「住み心地の感じ方に違いを生み出す要因は何か」をAIやIoT等のいろいろな技術を使って明らかにしていこうとしています。
ー子育てもですか?
魅力という観点とは少し異なりますが、例えば幼稚園や保育園にカメラとセンサーを入れると「この子は誰と何分遊んでいたか」や「どれだけ園内を動き回り、どの程度の運動量があったか」等が解析できます。インフルエンザに誰かが罹った時に「その子と三日以内に接触した可能性があるのはこの子なので注意して見ていてあげてください」という助言もできる。
ーすごい技術ですね。
あとはカメラを付けているので、うつぶせ寝の検出もできる。このようにAIを使えば、100%の精度じゃなくても保育士さんたちのサポートになります。保育士さんたちのストレス度を軽減して離職率を下げることで、保育士さんたちにとっての魅力的な職場環境作りをし、親御さんも安心して子育てができるよう「魅力的な子育て環境づくり」に貢献できるという思いでやっています。
ーAIで社会全体を良くしようと思って研究されているのですね。
そうですね。社会でどのように具体的に役に立つのかというところまで興味を持ってやっています。ただ、最近の世の中の報道を見ていると「ディープラーニングというすごいものがあってそれにデータを入れると何でも正解が出てくる」という伝え方になっているように感じますが、なかなかそうはいかない。
例えると、AIの技術って切れ味鋭い包丁でしかない。美味しい料理を作るには絶対切れ味が鋭くないと良い料理を作ることはできない。切れ味鋭い包丁をいかに作り、どうメンテナンスするかと言うことがまず研究対象になります。けれど切れる包丁を持っていたからといって美味しい料理ができるかというと、それは違う。それを使う料理人の腕が必要です。素材の厳選も必要です。
我々は「料理人としてこういう包丁の使い方をすれば美味しい料理ができます」であるとか「この素材はこういう料理に相性がよいです」といったことを示していきたいなと思っています。